かなりマニアックな本ですが、英語好きの人には間違いなくおススメできるので紹介したいと思いました。
宮脇孝雄さんの「翻訳地獄へようこそ」というなかなか刺激的なタイトルの本です。作者の方は、ミステリー関係をはじめとして、多くのジャンルで文芸翻訳をされているようで、翻訳教室なども開催されているとのことです。
私は文芸翻訳の経験が無いので、その奥深さに驚嘆する部分もありましたし、ある程度産業翻訳の経験はあるので、共感する部分もありつつ、といった具合でした。
タイトルの「翻訳地獄」というのは、英語の世界で生きておられる筆者が、その大変さをある種自虐的に表現しているように見せつつも、本当はその奥深さや、「苦悩ゆえの楽しさ」のようなものを表現するために付けた、まさに文芸翻訳家ならではの絶妙なタイトルのように思います。
著作権の問題になるので当然詳しくは書けませんが、例えば、「cool and fresh」という、単語としては非常に単純な形容でも、小説の中では文脈や登場人物によって、どのように表現するべきかが変わってくる、というような具体例が数多く紹介されています。
また、英語だけでなく、訳された後の日本語側を見ても、たばこの「一服」と「一口」のニュアンスの違いなどについても書かれており、文芸翻訳というのは単純に翻訳というよりも、作家としての日本語能力が如何に問われてくるかということも考えさせられます。
もちろん、単語の使い方や文脈などの文面だけの話に限らず、その単語が使われている時代背景や歴史的経緯なども調べて訳すといった内容も書かれており、単純に知識としても興味深い内容になっています。
他の作品の誤訳(と思われる)部分についても、詳細な分析がなされているので非常に説得力がありますし、世の中にあふれている訳本が、何度も別の訳者で出版される必要性というものを強く感じました。
難点としては、ある程度英語が読めないと、この本で引用されている多くの英文部分がなかなか理解できないということが考えられます(笑)
しかし、これはそういう人向けに書かれた本だと思っているので、むしろそれは良い点と言えるでしょう。そんな人にぜひおススメな本です。